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桃の缶づめ

桃の缶づめ

~序章~

~~~~呪いの椿油 序章 ~~~~



季刊着物雑誌「Kimonist」の、中堅記者、桃野 和香子は、ある、珍しい織物の里へ、取材に訪れていた。

落ち着いたたたずまいのその、地方都市には、どの家にも庭に椿が植えられ、ちょうど、冬のこととて、白椿、紅椿、八重椿と、さまざまな、種類の椿が、今を盛りと、咲き誇っていた。

何軒かの、織り元や、呉服屋を取材して回った後、和香子はふと、妙なことに気づいた。
この街は、椿の花がとても多くて、住人は椿を愛しているようなのに、着物や帯の模様として、ひとつとして、椿の模様を見かけなかったことを・・

椿の模様は、和服の柄として、かなりポピュラーなものである。
ただ、たまたま、出会わなかっただけなのかも知れないが、何かそこに和香子は、避けているような作意を感じていた。

明日の取材では、椿のことを訊いてみよう。和香子は、そう決意すると、旅館の布団で眠りについた。

翌朝から、和香子は、織り元や染め元、そして呉服屋へと足を運び、椿の謎を聞き出そうと試みたが、どこへいっても、「さあぁ?理由は、わからないけど、このへんでは着物や帯の柄に、椿は使わないね。」とか、「余所ではどうか知りませんけど、この辺では、椿は忌み柄ですから・・どうしてって言われても、親からそう、教えられてきたものでねぇ。」などと、要領を得ない答えばかりである。

こんなことは、私がたまたま疑問に思っただけ。もう、あきらめて、帰ろう。
そう、思った最後の取材先で、「そういえば、地域伝承研究会の、安田先生なら、ご存じかも知れませんよ。行ってみられたら、どうですか?」との主人の言葉に、和香子は、
もう、あまり期待はしていなかったが、安田老人を訪ねた。

白髪を頂いた、品の良い、安田老人は、和香子の名前を聞くと、驚いた様子で、「そうですか・・桃野 和香子さんとおっしゃる・・これも、何かのご縁かも知れませんなぁ。」

そういうと、安田老人が、若い頃、古老から聞き伝えたという、「桃和香千恵子伝説~呪いの椿油」を語ってくれたのだった。



昔、この地方の、素封家に桃和香と千恵子という、美人で聞こえた姉妹がいて、姉の桃和香に東京の伯爵から、縁談がきたころ、妹の千恵子が、突然失踪してしまった。

ひとさらいに、あったのだ、いや、神隠しだと色々な噂がたったが、いっこうにわからず、父母も桃和香も必死に千恵子を捜し回っていた。
そんなとき、桃和香は、千恵子が山奥に住む、オババのところに行ったらしいという話を聞きつけ、その足で、オババの住む山家まで、やってきたのであった。

「もし、ごめんくださいませ。もし」呼びかけると、奥から「誰じゃ?」と、しわがれた声がした。

「わたくしは、桃和香と申します。妹の千恵子が、行方知れずになって、探しております。こちらの、オババさまのところへ、伺ったと言う話を聞き、まいったのです。
オババさま、もし、妹千恵子のことを、ご存じでしたら、どうか、教えてくださいませ。」

オババは歯をむき出して笑うと、答えた。「知っているとも。確かに、千恵子はここへ来た。」

「えぇっ!?それで、千恵子は、千恵子はいま、どこにいるのです?」

「千恵子は、もはや元の千恵子ではないのじゃ。お前に会うことは、望むまい。帰った方が、よいぞえ・・」

「なぜ、そんなことをおっしゃいます?千恵子は、かけがえのない私のたったひとりの
妹です。逢わせてください。お願いです!」

「千恵子は、呪いの長羽織を羽織ったのじゃ!」




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